うしくんは聞いた

 吾輩はうしくんである。吾輩は先日の明け方、主人の悲痛な叫び声を聞いた。何かと思って丸めていた脚から顔をあげると、主人は布団の上で暴れながら「フイルムの値段が!印画紙の値段が!」と野生のごとくうなっている。どうやら聞いていると、”ふいるむ”と”いんがし”の価格が高騰していることを嘆いているようであった。吾輩には”ふいるむ”やら”いんがし”やらがどんな物なのか検討もつかぬ。主人は大声でそれらを購入したときに一体いくらかかるのか暗算をしてはわっと泣いている。よほど関わりの深い物なのだろう。鬼のように手足をもばたつかせ布団を蹴りあげていたが、しだいに眠くなったとみえて寝息だけが聞こえるようになった。

 そうしてしばらく経ったある雨の日、主人は炊事場で酢の匂いを撒き散らしながらカシャカシャ金属音のする物を触っていた。銀の丸い箱がいくつか見えたが、酢の匂いに鼻がもげてしまいそうでそれ以上覗き込むのをやめた。吾輩が引きかえして机の上に戻ると、小さな紙の筒がころころと置かれている。この紙はきっと何かの抜け殻で、中身の方は主人が大事に水の中で何かやっているのだろう。吾輩が一つ二つ鳴いてみても炊事場の前かがみの姿勢が変わることは無かった。

Colline de brouillard 霧の丘

写真家・伊豆野 眸の公式サイト

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