うしくんの名前

 吾輩はうしくんである。名前はすでにうしくんである。吾輩の体躯はうまれつきやわらかい。今やじゅうぶんすぎる肉でおおわれているその上には、これもうまれつきの黒色のぶちがある。このぶちによって吾輩はうしと名付けられた。うしと名付けられても吾輩は人間(猫)だから、そんなに乳は出ない。現代の栄養過多のペットフードで肥えた吾輩は、しかし不覚にも腹に肉を余して、歩く四肢の間でそれが具合よく揺れる。その様はうしの名に足るであろう。まったく不覚である。

 もっとも吾輩の主人は「鸕詩」という難解な字を吾輩にあてているようだ。「彦波瀲武鸕鶿草葺不合尊(ひこなぎさたけうがやふきあえずのみこと)」の一文字を拝借している。曰く、吾輩を神武天皇よりえらくしたかったのだという。吾輩は土佐の山奥で生れ、そのまま一生を終えようとしていたところを何の加護か助かった身である。高貴な生まれではない。ありがたい字を頂戴しても、吾輩にはそれがどれほどのものかわからない。今はあたたかいヒーターの前で身を溶かしているから、ヒーターよりはありがたいのだろうかと想像するしかない。


Colline de brouillard 霧の丘

写真家・伊豆野 眸の公式サイト

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